「反省だらけの大学時代」から始まった、私のお金との向き合い方

※この記事は、私の「お金と生き方」の原点をたどるシリーズ 、第1回です。

目次

人生最大のダメダメ期

大学時代、私は地方の実家から出て、独り暮らしをしながら東京の私立大学に通っていました。

今振り返ると、大学時代の私は本当にどうしようもないほどダメでした。途中から授業は最低限しか出ず家でネットやゲームばかり。

奨学金5万円、仕送り10万円、バイト代4〜5万円。今思うと、合わせて月に20万円近い収入があったはずなのに、その有難さを感じることなく無計画に使い切っていました。

料理はほとんどせず外食やコンビニばかり。食生活が乱れ、体重も増加。部屋もぐちゃぐちゃ。

それなのに服だけは百貨店ブランドを選んでいて、1着1万円以上の洋服を買うのが普通になっていました。社会人になってからよりも、学生の頃の方がいい服を着ていた気がします。

今思えば、あの頃の私は軽いメンタル不調だったのかもしれません。当時は精神的な病が今より一般的ではなかったから気づけなかったけれど、やる気ももなくただぼんやり過ごしていた。

お金も、時間も、なにもかも、無駄にしていた気がします。


親の苦労も知らずに浪費していた日々

そんな中でも、親は何も言わずに学費や生活費を出してくれていました。

一度だけ、大学から「学費未納」の通知が届いたことがありました。驚いて母に連絡したところ「手違いで遅れただけ、大丈夫」と言われそのまま信じました。

でも今思えば、あの時すでに家計は相当厳しかったのだと思います。それが理解できたのは数年後、社会人になってからでした。当時の私は何も知らず、のほほんと過ごしていたのです。

両親はきっと、「子どもに心配させたくない」という気持ちだったのでしょう。でも、今の私が親になって思うのは、「ちゃんと話してほしかった」ということ。お金の現実を知っていたらもう少し違う選択をしていたかもしれません。

親を責める気持ちはありませんが、親が苦労しているのを知らないまま過ごしたことで「お金の重み」や「働くことの意味」を理解するのがずいぶん遅れました。

それでも、後から思えばこの無知さこそが、今の私の価値観を形づくったのだと思います。


就職活動ボイコット期

私が就職活動をしていたのは、いわゆる氷河期の最後の方。

大学3年生のとき、就職活動の説明会に参加した時のこと。OBの方が「新卒の手取りは16〜17万円くらい」と話していたのを聞いて、私は衝撃を受けました。

「そんな金額じゃ生活できない。今より少ないじゃん!」

今思えば、とても浅はかでした。でも、奨学金や仕送りで月20万円を使っていた自分にとって、「手取り16万円」は現実として受け入れられなかったんです。(結局、社会人のスタート時にはもっともっと低い手取りで生活することになるのですが…。)

そのことだけが原因ではないのですが、その後、就職活動をする気力もわかず、就職先が決まらないまま卒業。アパートを引き払い実家に戻ることになりました。

両親が引っ越しのためにトラックを借りて迎えに来てくれた日のことは、今も鮮明に覚えています。帰り道の車中で「とりあえず働かなきゃな…」とぼんやり思っていました。


おわりに

大学時代を思い出すと、恥ずかしい気持ちになります。

でも、あの時期を無駄だったとは思いません。自分の弱さや未熟さを、あれほど思い知る経験は他になかった気がします。あの頃があったからこそ、今の「お金」や「働くこと」への考え方が、少しずつ自分の中で形になっていったのだと思います。

「失敗も今の自分を作るひとつの過程だった。」

そう思えるようになったのは、ずっと後になってからですが。

次回は、実家のお金に関する環境について書いていきます。

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